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東京地方裁判所 平成3年(ワ)4360号 判決

原告

中村庄一

右訴訟代理人弁護士

小川秀次

被告

栃木観光開発株式会社

右代表者代表取締役

石村成彬

右訴訟代理人弁護士

藤井一男

太田昇

主文

一  原告が被告の経営する栃木カントリークラブの正会員の地位を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一争いのない事実等

1  被告は、栃木カントリークラブという名称のゴルフ場を経営している。

2  原告は、被告との間で、昭和四一年九月一日、本件ゴルフクラブに係る入会契約を締結し、同日入会保証金として二五万円を預託し、正会員の地位を取得した。

3  本件ゴルフクラブの規約(会則)には、本件ゴルフクラブに対する諸支払を三か月以上怠ったときは理事会の決議により会員を除名することができる旨の規定が存するが、無催告の除名を可能とする旨の規定は存しない(〈書証番号略〉)。

4  原告は、入会契約締結当時(昭和四一年)台東区〈番地略〉に居住しており被告に対してもその旨申告していたところ、その後板橋区〈番地略〉ハウス光荘に転居して同四七年三月二八日区役所にその旨届出をし、さらに同四九年七月二一日現住所地に転居して同月二三日区役所にその旨届出をした(〈書証番号略〉)が、被告に対し各転居の事実を通知しなかった。

5  原告は、昭和四七年から同五三年までの年会費の支払いを怠った。

6  本件ゴルフクラブの理事会は、原告に対する年会費の支払催告をしないまま、昭和五三年六月九日、年会費不払いを理由に原告を除名する旨決議し(〈書証番号略〉)、平成二年六月一六日、原告に対し、この旨を口頭告知した。

7  なお、原告は、平成三年三月一五日、昭和四七年から平成三年までの年会費を被告に現実に提供したが、被告が受領を拒絶したので、同年四月一日、東京法務局に右金員を供託した(〈書証番号略〉)。

二争点

1  支払催告のない除名(契約解除)の効力の有無

2  会員権の消滅時効

(被告の主張)原告の会員権は、預託金の返還請求が可能となった時点、すなわち、預託金の据置期間満了日である昭和四六年八月三一日の後であり、かつ本件除名決議の日の翌日である昭和五三年六月一〇日から起算して五年経過後(本件訴訟提起前)、時効消滅した。

第三争点に対する判断

一除名(契約解除)の効力有無について

本件のような預託金会員制ゴルフクラブの会員権(会員契約上の地位)は、ゴルフ場施設の優先的利用権、据置期間経過後退会とともにする預託金返還請求権、年会費等支払義務等を内容とする債権的法律関係であるところ、年会費等支払義務が会員の負うべき基本的義務であるのと同様、ゴルフ場施設の優先的利用権が会員の有する最重要な基本的権利であることを考えると、ゴルフクラブの規約(会則)に無催告の除名を可能とする旨の規定が存しない(なお無催告の除名を可能とする旨の原告被告間の個別合意が存したとの主張立証はない)本件においては、会員資格を一方的に剥奪してゴルフ場施設の優先的利用権を喪失させる除名処分をするためには、事前に支払催告をすることを要すると解すべきである。

本件のように、会員たる原告が住所を移転したときは、多数の会員を擁するゴルフ場経営者たる被告の事務処理の煩雑さに照らすと、原告の方から被告に対してその都度転居先を通知すべきであって、これを怠った結果、例えばイベント開催の通知が届かず原告がこれに参加する機会を失った場合等は原告はその不利益を甘受すべきであると考えられる。しかしながら、除名の前提要件としての支払催告の場合は、前記のとおり、ゴルフ場施設の優先的利用権が会員の有する再重要な基本的権利であることからすると、これと同列に解することは相当でなく、被告としては、支払催告書が転居先不明で返戻されたとき等は住民票により原告の転居先を調査する等し(本件においてはこの方法で原告の現住所地を知り得た可能性が極めて大きい)、あるいは調査が効を奏しないときは公示催告の制度を活用する等して、支払催告の効果を発生させておく必要があると解するのが相当である。

しかるところ、本件において被告は原告に対して支払催告をしていないのであるから、本件除名は無効といわざるを得ず、原告が除名により会員権を喪失したとの被告の抗弁は理由がない。

二会員権の消滅時効について

前記のとおり、預託金会員制ゴルフクラブの会員権(会員契約上の地位)は、ゴルフ場施設の優先的利用権、据置期間経過後退会とともにする預託金返還請求権、年会費等支払義務等の債権債務関係を内容とする契約上の地位であるから、会員たる地位自体が消滅時効にかかることはあり得ないが、その地位の内容をなす個々の権利はそれが債権であるとされている以上、消滅時効が問題となると解される。

まず、預託金返還請求権は、据置期間が経過しても会員は退会を強制されるわけではないから、据置期間経過後に退会の申出をしたことにより、又は除名死亡等の事由により、ゴルフ場施設の優先的利用権を喪失し同時にその後の年会費等支払義務を免れてはじめて権利行使が可能となるものであって、ゴルフ場施設の優先的利用権や年会費等支払義務を有していながら預託金返還請求権のみについて権利行使を可能とすることは考えられない。本件においては、原告が退会の申出をした事実はなく、除名も無効であって、その他原告がゴルフ場施設の優先的利用権を喪失した事実はないのであるから、据置期間満了日を消滅時効の起算日とすることはできない。

次に、ゴルフ場施設の優先的利用権は、会員がその権利を常時行使することを予定した権利ではないから、消滅時効を論じる余地はないと解すべきである(仮にこの権利自体の消滅時効が可能であるとの立場に立ったとしても、消滅時効を基礎づける事由についての主張立証はない)。なお、除名決議は被告内部の意思決定にすぎないから、この時点を消滅時効の起算日とすることはできず、また仮に除名の告知が有効である場合には(本件では除名が無効であること前記のとおり)、その時点でゴルフ場施設の優先的利用権は消滅するのであるから、消滅時効を論じる余地はない。

以上のとおり、被告の消滅時効の抗弁は理由がない。

(裁判官佐藤公美)

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